東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)6号 判決
原告 佐々木正泰 外一名
被告 中央選挙管理会委員長
〔抄 録〕
一、本件訴訟がいわゆる民衆訴訟、すなわち、「国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」(行政事件訴訟法第五条)として、国民審査法第三六条の規定に基づいて提起されたものであることは、請求の趣旨及び請求の原因として原告らの主張するところに照らして明らかである。
民衆訴訟は、裁判所法第三条第一項にいう「一切の法律上の争訟」には含まれず、同項にいう「法律において特に定める権限」として裁判所の所管に属せしめられるものであること、したがって、民衆訴訟においては、訴えの提起及び裁判所の審査の範囲について法律の定める制限が存すること及び国民審査法第三六条が右の特別の法律の定めに該当することは、被告の指摘するとおりである。
二、問題は、国民審査法第三六条の規定に基づき、同法の規定が憲法に適合しないことを理由として提起された訴訟において、裁判所が同法の規定の憲法適否を判断することができないかどうかであるが、裁判所のいわゆる違憲法令審査権は、裁判官が「この憲法及び法律にのみ拘束される」とする憲法第七六条第三項の規定及び裁判官が「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とする憲法第九九条の規定に縁由するものであり、憲法第九八条第一項は、憲法の条規に反する法律、命令等はその効力を有しないと定めているのであるから、具体的争訟において適用されるべき法令の規定の憲法適否を審査することは、むしろ憲法上裁判官の当然の職責である。もちろん、三権分立の原則等から、政治性の極めて高い国家統治の基本に関する行為(いわゆる統治行為)のようにその性質上裁判所の憲法適否の審査になじまないような事象があることは否定できないところであるが、本件訴訟における本案の争点は、国民審査の方法、手続等の技術的事項が憲法第三章で保障されている国民の権利及び自由を侵害したかどうかにあるのであって、かような場合に、裁判所の違憲法令審査権が排除され、裁判所が自制すべきであるとの所論は、その理由を解し難い。
三、なお、附言すれば、行政事件訴訟法第三条第五項が不作為の違法確認訴訟に関し、同法第四条が当事者訴訟に関し、それぞれ「法令」という語を用い、同法第五条が民衆訴訟に関し「法規」という語を用いているのは、同条が「国又は公共団体の機関」と特に挙示したことに関連するもの(地方自治法第一四条第一項に用いられている「法令」は、国の法令の意味に限定され、公共団体の法令を含まないことは明らかである。)と推認され、この用語の相異をもって裁判所の違憲法令審査権を排除する趣旨のものとすることはできない。
また、国民審査法第三七条第一項は、裁判所が同法又はこれに基づく命令に違反する国民審査であると認定した場合においても、当然にこれを無効とする判決ができるわけでなく、その違法が審査の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限って無効の判決ができることを定めたにとどまるものであるからこの規定をもって裁判所の違憲法令審査権を制限した規定ということもできない。<中略>
原告らは、今回の国民審査において用いられた投票用紙が、一枚の用紙に七名の裁判官の氏名が連記され、その氏名の上に「×」の記号を記載する欄が設けられた様式のものであったことと国民審査法第二二条の規定と相まって、一部の裁判官のみについて棄権することが妨げられ、これは、投票の自由を奪ったものであると主張する。
国民審査の制度が本質上で罷免投票の制度であることは前に述べたとおりであり、憲法は、衆議院議員総選挙の都度、特定の範囲の最高裁判所の裁判官のうちから不適任と信ずる者を罷免すべきことを求める権利を主権者たる国民に保障したのである。すなわち、国民審査においては、ある裁判官を罷免したいと積極的に意図する審査人が投票によってその意思を表示する点に権利行使の意味があるのであって、そのような積極的な意図を有しない審査人(国民審査の制度についての理解や審査に付される裁判官についての知識が十分でない者を含む。)が、なんらの記載をしないで投票用紙を投票箱に投ずることは、その意味における権利を行使しなかったにすぎないのである。問題は、終局的に罷免の判定がされるためには、投票者の多数(過半数)が罷免を可とする投票をすることが要件とされているので、罷免の可否を決意し難かった審査人にも無記入の投票をさせることが、罷免しないことを可とする投票をさせたと同じ効果を生ずることにある。しかし、当該裁判官が国民審査の結果罷免されたにせよ、されなかったにせよ、その結果が投票した審査人の意思に反したことになるわけではないし、投票しない自由を余りに強調することは、主権者としての国民の国政参与の責任を軽視することにもなろう。前掲昭和二七年二月二〇日の最高裁判所大法廷判決が指摘する「最高裁判所が少数者の意思によつて容易に破壊される危険」をも勘案すれば、投票所において投票用紙を手にし、投票の機会を得た審査人が、投票用紙に連記されたすべての裁判官についての投票をさせられたとしても、それをもって、憲法の許さない自由の侵害があったということはできないと考える。
(寺田 林 福間)